12/18/2025 | Press release | Distributed by Public on 12/17/2025 23:51
○発表のポイント:
◆大規模言語モデル(LLM)をエージェントとして活用し、目標特性を持つ無機結晶材料を自律的に探索・設計する手法を開発しました。
◆材料探索における専門家の思考プロセスを模倣したツール(短期記憶・長期記憶・周期表・知識ベース)をLLMの推論プロセスに統合することで、幅広い材料空間の探索を実現しました。
◆本手法を用いることで、平易な自然言語で環境問題や資源制約を考慮した制約を付与したり、提案材料がなぜ有望なのかを解釈したりすることが可能となり、材料開発の加速と理解の深化に貢献することが期待されます。
本研究で開発したフレームワーク(材料探索システムの枠組み)の概要図
○概要:
東京大学大学院工学系研究科の高原 泉 大学院生(博士後期課程)、同大学 生産技術研究所 溝口 照康 教授、モントリオール大学・Mila - Quebec AI InstituteのBang Liu 准教授らの研究グループは、大規模言語モデル(Large Language Model; LLM)(注1)の高い推論能力に着目し、目標特性を持つ無機結晶材料を、自然言語による説明を出力しながら自律的に探索・設計する生成AI(注2)フレームワーク「MatAgent」を開発しました。
新材料開発は、エネルギー産業や半導体産業など様々な産業分野における技術革新と持続可能な社会の実現を支える鍵であり、所望の特性を持つ材料の開発は重要な課題です。近年、生成AI技術の発展により、所望の特性を逆設計(注3)する技術が急速に発展してきましたが、既存の手法では、生成された材料がなぜ有望とされるのかを理解するのが難しいというブラックボックス性の課題や、生成された材料が必ずしも狙った特性を備えていないという精度面での課題がありました。
本研究で開発された「MatAgent」では、LLMは材料組成(注4)を提案するための推論エンジンとして機能し、さらに材料組成から3次元結晶構造を生成する生成モデルと、生成された構造から材料特性を予測する予測モデルを統合することで、LLMが提案結果に対するフィードバックを受け取り、反復的により有望な材料を提案します。本手法は、専門家の材料探索プロセスを模倣してLLMが外部のツールを戦略的に活用できる枠組みを採用しており、これによりLLMが多様な材料を提案することが可能になりました。また、LLMがフレームワークの中心的な役割を担うことで、「有害な鉛やカドミウムを含まない材料の探索をしてください」というような自然言語による制約を与えることが可能です。さらに、探索の理由をLLMに出力させることで、従来ブラックボックスとされていた探索過程を人間が理解することが可能となり、その出力から専門家が新たな知見を獲得することも期待されます。
すなわち、今回の成果は、材料開発のためのAI技術を、材料開発における協働的なパートナーへと近づける重要な一歩であり、材料開発の加速と理解の深化に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2025年12月17日(米国東部時間)に米国科学誌「Cell Reports Physical Science」のオンライン版に掲載されました。
○発表者コメント:高原 泉 大学院生の「もしかする未来」
材料科学とAI技術の融合が急速に進展する中で、近年大きく発展してきたLLMをどのように活用できるかを探るのは興味深いテーマでした。本研究では、LLMが持つ柔軟な推論能力に着目し、人間的な振る舞いを模倣させることで、材料探索におけるAIと人間の双方向性を向上させることができたと考えています。今後も、AIの可能性を過小評価することなく探求しつつ、信頼性が高くかつインテリジェントな手法を開発することで、新物質の発見を目指していきます。
○発表内容:
〈研究の背景〉
エネルギー材料、触媒材料、電子材料などの開発は、様々な産業分野における技術革新の鍵であり、所望の特性を備えた無機結晶材料の創出はエネルギー・環境問題の解決や持続可能社会の実現に向けて重要な課題です。近年では、計算機上で効率的に新材料設計を行う手法として、生成AI技術を活用した逆設計アプローチが急速に発展しています。しかし、既存の手法には、狙った特性を持つ材料を必ずしも得られないという精度の課題に加え、なぜその物質が提案されたのかを解釈するのが難しいという、いわゆるブラックボックス性の問題も存在していました。こうした中で、逆設計の精度と解釈性を両立した材料生成手法の開発は重要な課題であり、本研究ではLLMの高い推論能力に着目し、新たなAIフレームワーク「MatAgent」を開発しました。
〈研究の内容〉
本研究で開発した「MatAgent」では、汎用的なLLMを材料組成提案のための推論エンジンとして使用し、さらに人間の専門家の推論プロセスを模倣する外部ツールをLLMの推論過程に統合しました。また、材料組成から3次元結晶構造を推定する生成モデルと、生成構造の材料特性を評価する予測モデルを統合することでLLMは提案に対するフィードバックを受け取り、反復的により有望な材料を探索します。具体的には、図1に示すように以下の4つの段階を反復的に繰り返すことで材料空間の探索を行います。計画・提案段階においてLLMは明示的な推論とともに提案を行うため、なぜその判断が有望であるのかを人間が自然言語により理解することが可能です。
(1) 計画:LLMが現状を分析し、明示的な推論に基づき適切なツールを選択
(2) 提案:LLMが選択したツールに基づき情報を取得し、明示的な推論とともに新たな材料組成を提案
(3) 構造推定:生成モデルを用いて3次元結晶構造を生成
(4) 物性評価:生成された3次元結晶構造の特性を評価し、フィードバックを生成
図1 本研究で開発した手法の概要図
人間の専門家が材料設計を行う際に、短期的な経験や長期的な知見、物質科学に根差した知識や蓄積されたデータを活用するのと同様に、「MatAgent」ではLLMの推論過程に以下のような4つの外部ツールを統合しました。
外部ツール1 短期記憶:最近の提案とフィードバックを参照
外部ツール2 長期記憶:過去の成功例とその推論プロセスを参照
外部ツール3 周期表:元素の置換候補を参照
外部ツール4 知識ベース:組成変化による物性値変化のパターンを参照
これらのツールをLLMが状況に応じて戦略的に選択・活用できるようフレームワークを設計することで、「MatAgent」ではLLMの内部知識の範囲を超えてより広範な材料空間を探索することが可能になりました。
今回、所望の特性として結晶構造の形成エネルギー(注5)を指定し、OpenAI社のGPT-4oおよびo3-miniの2種類のLLMを用いてフレームワークの性能を比較しました。その結果、探索の初期段階では外部知識ベースを多用し、後期段階では長期記憶を参照するなど、探索のフェーズに応じてLLMが柔軟にツールを使い分ける適応的な挙動が観察されました。また、反復回数の増加に伴い、ターゲットとした形成エネルギー条件を満たす材料を提案するタスクにおいて成功率が向上し、特にo3-miniでは最も困難な目標値に対しても80%を超える高い成功率を示しました。さらに、提案組成の化学的妥当性、多様性、新規性を評価した結果、拡散モデルに基づく生成モデルMatterGen[1]に匹敵する性能を示すことが分かりました。一方、外部ツールを使用しない場合には提案組成の多様性と新規性が著しく低下し、外部ツール統合の有効性が確認されました。
また、「MatAgent」ではLLMがフレームワークの中心的な役割を担うため、自然言語による人間とのインタラクションが容易であるという利点があります。LLMの推論過程を人間が追跡できるだけでなく、平易な言葉でLLMに制約を与えることも可能です。例えば、環境有害元素(Pb,Hg,Cd,Cr)やアクチノイド元素の除外、あるいは非金属元素のみの使用など、産業応用上重要な制約条件を自然言語で指定し、効果的に反映できることを確認しました。
〈今後の展望〉
本研究で開発したAIフレームワークは、材料逆設計のためのAI技術を、材料開発において人間と協働できる自律的なパートナーへと発展させるための重要な一歩です。今後は、より多様で実用的な物性への適用を通じて、現実的な材料設計課題の解決や新たな材料発見が可能になることが期待され、材料開発のさらなる加速と理解の深化に貢献すると考えられます。
[1] Zeni, C., Pinsler, R., Zügner, D. et al. A generative model for inorganic materials design. Nature 639, 624-632 (2025).
○発表者・研究者等情報:
東京大学
大学院工学系研究科
高原 泉 大学院生(博士後期課程)
生産技術研究所
溝口 照康 教授
モントリオール大学・Mila - Quebec AI Institute
Bang Liu 准教授
○論文情報:
〈雑誌名〉Cell Reports Physical Science
〈題名〉Accelerated Inorganic Materials Design with Generative AI Agents
〈著者名〉Izumi Takahara*, Teruyasu Mizoguchi, Bang Liu
〈DOI〉DOI:10.1016/j.xcrp.2025.103019
○研究助成:
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ACT-X(課題番号:JPMJAX24DB)、同 次世代AI人材育成プログラム(博士後期課程学生支援)BOOST(課題番号:JPMJBS2418)の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)大規模言語モデル(LLM)
大規模なテキストデータを学習することで、文脈に基づいた自然言語の理解・生成・推論を行う人工知能モデル。近年では、化学的推論や専門知識を要する課題にも応用が進んでいる。
(注2)生成AI
既存のデータ分布を学習し、新たなサンプルを生成するAI技術の総称。確率モデルや深層生成モデルを用いて、入力条件に応じた新たなデータ(画像、文章、結晶構造など)を創出することができる。
(注3)逆設計
材料開発において、目標とする特性や機能から出発し、それを実現する組成や構造を推定する設計手法。
(注4)材料組成
材料を構成する元素の種類およびその比率。材料の性質を左右する要素であり、物質の設計における基礎情報。
(注5)形成エネルギー
材料の熱力学的安定性を示す指標の一つ。値が低いほど安定な材料であることを示す。
○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
教授 溝口 照康(みぞぐち てるやす)
E-mail:teru(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404
E-mail:jstkoho(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)
〈JST事業に関すること〉
科学技術振興機構 戦略研究推進部 先進融合研究グループ
原田 千夏子(はらだ ちかこ)
Tel:03-6380-9130
E-mail:act-x(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)