12/10/2025 | Press release | Distributed by Public on 12/09/2025 23:19
◆抵抗性遺伝子を複数取り入れる遺伝子ピラミッド戦略という手法を利用し、広範囲の植物ウイルスに対して同時に抵抗性を示す植物を作出しました
◆多種多様な植物ウイルスに対して同時に抵抗性を示す植物の開発は本研究が初めてです
◆ゲノム編集技術等を利用して作物に導入することで実用的なウイルス抵抗性作物の開発・普及につながることが期待されます
[Link]遺伝子ピラミッド戦略による広域ウイルス抵抗性
東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木誠人博士課程学生と山次教授らによる研究グループは、植物ウイルスに対する潜性抵抗性遺伝子(注1)ファミリーに対して複数の変異を導入する遺伝子ピラミッド戦略(注2)を用いて、広範囲の植物ウイルスに対して同時に抵抗性を示す植物を作出しました。世界の作物は病害・虫害・雑草害により3分の1が失われますが、病害、特に植物ウイルスに対しては、RNA干渉(注3)など高度な技術があっても単一ウイルスにしか効果がなく、普及が進んでいません。実際の圃場では複数ウイルスの同時感染が多く重症化も起こるため、広範囲のウイルスに強い作物が求められています。本研究チームは、ウイルスが利用する植物の潜性抵抗性遺伝子であるeIF4Eファミリーに着目し、eIF4E・eIFiso4E・nCBPの変異体を組み合わせる遺伝子ピラミッド戦略を実施しました。その結果、系統学的にも遠縁で被害も甚大な代表的植物ウイルスに対して幅広く抵抗性を示すウイルス抵抗性植物を世界で初めて作出しました。潜性抵抗性遺伝子はゲノム編集(注4)など非組換え型技術でも導入可能なため、実用的な病害抵抗性作物の開発が期待されます。
[Link]図1:コモウイルスに対する抵抗性の発見とピラミディングを通じた集積
緑色蛍光タンパク質(GFP)を組み込んだコモウイルスをそれぞれの植物に接種し、ウイルスに対する抵抗性を調べた。その結果、野生型植物ではウイルスが増殖して多数のGFP蛍光斑が観察される一方、eIF4E遺伝子の単独変異体ではウイルスの増殖が抑制され、抵抗性が発揮された。さらに、この抵抗性はeIF4E遺伝子とnCBP遺伝子のダブル変異体でも保持された。
世界で生産可能な作物量の1/3は病害、虫害、雑草害などにより失われています。このうち、虫害と雑草害について、被害を効果的に抑制することのできる遺伝子組換え作物が開発され、世界中に普及しています。しかし、病害に対してはバイオテクノロジーを利用した抵抗性作物開発の報告は数多くあるものの、十分に普及しているとは言えません。この原因の一つが抵抗性の対象となる範囲です。害虫抵抗性作物は幅広い害虫に対して抵抗性を示し、また除草剤耐性作物は作物自身を除草剤耐性にして周辺の雑草を除草剤により防除するため、あらゆる雑草を防除することが可能です。一方で、植物ウイルスに対してはRNA干渉を利用して強力なウイルス抵抗性を付与する遺伝子組換え作物が開発されていますが、単独のウイルスにしか効果がないため、普及範囲が限られます。実際の栽培現場では作物は常に複数のウイルス感染に脅かされており、また複数のウイルスが同時に感染することによりシナジズムとよばれる症状重篤化をもたらすケースも多数発生しています。そのため、広範囲の病原体に対して同時に抵抗性を示す作物や技術の開発が望まれています。
本研究チームは植物ウイルスに対する潜性抵抗性遺伝子eIF4Eに着目しました。eIF4E遺伝子は遺伝子発現に関わるタンパク質をコードしますが、ウイルスがこのタンパク質を自らの遺伝子発現に利用するため、eIF4E遺伝子に変異を導入することによりウイルス感染を防ぎ、抵抗性を付与することができます。植物にはeIF4E、eIFiso4E、nCBPとよばれる3つのeIF4E遺伝子のアイソフォームが存在し、遺伝子ファミリーを形成していますが、eIF4E、eIFiso4E、nCBPの変異体植物がそれぞれ異なるウイルスに対して抵抗性を示すことがすでに知られていました。そこで、本研究チームは複数のeIF4E変異体遺伝子、eIFiso4E変異体遺伝子、nCBP変異体遺伝子を導入する遺伝子ピラミッド戦略を採用し、抵抗性が発揮されるウイルス範囲を調べました。系統学的にも遠縁で被害も甚大な代表的植物ウイルス6種に対する抵抗性を調べたところ、eIF4E遺伝子とnCBP遺伝子のダブル変異体ではこのうち5種に対して抵抗性を示し、eIFiso4E遺伝子とnCBP遺伝子のダブル変異体では3種に対して抵抗性を示しました。これほど広範囲の植物ウイルスに対して同時に抵抗性を示す植物の作出は世界で初めてです。また、eIF4E、eIFiso4E、nCBP各遺伝子の単独変異により抵抗性を示すウイルスに対してはダブル変異体になっても抵抗性が保持されましたが、興味深いことに一部のウイルスはダブル変異体になって初めて抵抗性を獲得しました。これらの結果は異なる複数の抵抗性遺伝子を組み合わせる遺伝子ピラミッド戦略が、単一遺伝子変異では不可能な広範なウイルス抵抗性を実現できることを実証しています。
病害抵抗性分野でこれまで主に研究対象とされてきたのは病原体の感染を抑制する顕性抵抗性遺伝子(注1)ですが、顕性抵抗性遺伝子を作物に導入すると必然的に遺伝子組換え作物となるため、社会実装に向けて高いハードルがあります。一方で、潜性抵抗性遺伝子は植物の遺伝子に変異を導入することにより病害抵抗性となるため、ゲノム編集技術や放射線変異等を用いた抵抗性育種により作出が可能です。そのため、これら環境負荷のマイルドなバイオテクノロジー技術を用いることにより、栽培現場での利用に耐えうる広範なウイルス抵抗性作物の開発に繋がることが期待されます。
[Link]図2:遺伝子ピラミッド戦略がもたらすウイルス抵抗性の広域化作用
遺伝子ピラミッド戦略により、単独変異体がもつ抵抗性の積み上げと、ダブル変異が生み出す相乗効果による新規抵抗性の獲得という2つの作用が相まって、これまでにない広域なウイルス抵抗性が実現した。R:抵抗性(Resistance)、-:抵抗性は見られない、(-):抵抗性は見られないことが以前の研究で報告されている。
〇関連情報:
「プレスリリース①植物ウイルスに対する劣性抵抗性の中枢因子を解明――ゲノム編集を利用したウイルス抵抗性作物の開発につながる成果――」(2023/5/29)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20230529-1.html
「プレスリリース②ノックアウトするとウイルス抵抗性になる植物タンパク質遺伝子を発見」(2016/10/12)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2016/20161012-1.html
東京大学 大学院農学生命科学研究科
鈴木 誠人(大学院博士課程学生)
西川 雅展(特任研究員:研究当時)
山次 康幸(教授)
雑誌名:Molecular Plant Pathology
題 名:Broadening virus resistance through gene pyramiding of eIF4E family members
著者名:Masato Suzuki, Masanobu Nishikawa, Toya Yamamoto, Hiroaki Koinuma, Takuya Keima, Yuji Fujimoto, Ken Komatsu, Masayoshi Hashimoto, Yutaro Neriya, Kensaku Maejima, Shigetou Namba, and Yasuyuki Yamaji
DOI:10.1111/mpp.70187
本研究は、科研費「23K19344」、「23KJ0759」、「23KK0111」の支援により実施されました。
(注1)顕性抵抗性遺伝子と潜性抵抗性遺伝子
顕性抵抗性遺伝子は、植物が特定の病原体を「認識して防御反応を起こす」タイプの抵抗性遺伝子です。特定の病原体に対して強い抵抗性を示す一方、病原体が遺伝的に変化すると抵抗性が破られやすいという弱点があります。また、外来遺伝子を導入する場合は遺伝子組換えとなり、社会的・制度的ハードルが高いとされています。潜性抵抗性遺伝子は、植物自身の遺伝子に変異を入れることで、病原体が利用する機能を弱め、感染を成立しにくくする「非認識型」の抵抗性遺伝子です。ゲノム編集や自然変異を利用して導入できるため、遺伝子組換え扱いにならず実用化しやすい点が大きな利点です。
(注2)遺伝子ピラミッド戦略
遺伝子ピラミッド戦略とは、複数の抵抗性遺伝子を1つの植物に同時に導入し、単独では得られないより強力で広範囲な抵抗性を実現する育種手法です。異なる遺伝子がそれぞれ別の病原体や害虫に作用するため、組み合わせることで抵抗性の範囲が拡大し、抵抗性が破られにくくなります。従来の育種、遺伝子組換え、ゲノム編集などで応用され、特に病害抵抗性の強化に有効です。
(注3)RNA干渉
RNA干渉(RNA interference, RNAi)は、細胞内に存在する特定のRNA分子を標的として、そのRNAを分解し、対応する遺伝子の働きを抑える仕組みです。二本鎖RNAが引き金となり、細胞内の酵素群が標的RNAを切断することで遺伝子発現が抑制されます。植物では、この仕組みを利用して特定ウイルスの増殖を防ぐ「ウイルス抵抗性作物」の開発にも活用されています。
(注4)ゲノム編集
ゲノム編集は、DNAの特定部分を狙って切断し、塩基配列を改変する技術です。代表的なCRISPR/Cas9では、ガイドRNAが標的配列を認識し、Cas9酵素がDNAを切断します。その後、細胞の修復機構により塩基の欠失・挿入・置換が起こり、遺伝子機能を精密に改変できます。外来遺伝子を入れずに変異を導入できるため、育種分野で注目されています。
<研究内容について>
東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 山次 康幸(やまじ やすゆき)
Tel:03-5841-5092 E-mail:[email protected]
<機関窓口>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム広報情報担当
TEL:03-5841-5484 FAX:03-5841-5028
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