09/22/2025 | Press release | Distributed by Public on 09/22/2025 09:09
貿易政策を巡ってワシントンをはじめとする各地で生じている激しい議論の中で、関税はしばしば、各国政府が国際的な商取引に介入するのに用いる主たる手段として表現され、唯一の手段であるとされることすらある。関税は数値化しやすく、政治化するのはさらに容易で、二国間交渉でたやすく行使される。
しかしこの関税重視は、誤解を招くおそれがある。関税に関心が集中すると、各国が世界との貿易関係を形成するより根本的なメカニズムが見えにくくなる。ある国の消費と生産の国内不均衡は、その国の対外不均衡と常に一致しているはずであり、前者に影響するものはいずれも後者にも影響を及ぼすはずで、その逆もまた然りだからである。関税は、国内不均衡を変化させるために政府が用いることができる数多くのツールのひとつに過ぎない。
そうしたツールの大半のものと同じように、関税は、所得を消費者から生産者へと移転させる。関税はその可視性ゆえに、中でも最も政治的論争の的になりやすいツールのひとつだ。その一方で、今日の世界における最も強力な貿易介入の多くは、関税ではなく、貿易とは全く関係なさそうに見える政策選択である。財政に係る決定、規制構造、労働政策、制度的規範はいずれも、所得がどう分配されるかや、経済を消費と生産の間でどう均衡させるかを左右し、それは世界貿易にまで広範な影響を及ぼしうる。
なぜ関税ばかりが注目を集めるのかを理解するには、その可視性を考えるのが良い。関税は、貿易交渉の項目のひとつであり、輸入品価格に影響する。関税は特定しやすく、武器として使いやすく、元に戻しやすく、そして非常に明白に貿易と結びついている。関税は単純であるため、政治的存在として際立つが、その単純さゆえに、概して貿易政策の優れた代替手段たりえないのである。
本質的には、関税は輸入品に課せられる税だ。関税は外国製品を高くするため、国内の生産者に価格優位性を与える。それにより特定の産業に利益をもたらし、雇用を維持しうる。しかしそうした利益は代償を伴う。消費者は、物品やサービスにより高額を支払うことになるのである。正味の効果は家計から企業への所得移転であり、そしてこの移転によって家計がGDPに占める割合が減るため、生産に対する消費の割合が全体として減ることになる。
この消費者から生産者への所得シフトが、貿易介入の本質だ。関税、税制優遇措置、あるいは賃金抑制的な労働法のいずれを通じて実施するにしても、結果として国内所得分配が変わり、それは対外的にも影響を及ぼす。消費が課税され、生産が助成されれば、純輸出は増加する可能性が高い。逆に、政策によって所得が生産者から消費者に移転されれば、純輸出は減少する可能性が高い。その意味では、家計消費と総生産の均衡に影響する政策はいずれも、国内貯蓄と国内投資の均衡にも影響するため、実質的に貿易政策なのだ。
通貨政策を考えてみよう。ある国が外国為替市場に介入して自国通貨が割安な状態を維持する場合、それは関税と同じ目的を果たす。通貨安によって輸入はより高価に、輸出はより安価になることから、生産を助成し消費に課税することになる。関税と同様に、これは純輸入者(家計部門)から純輸出者(貿易財部門)への所得移転を意味するが、関税というかたちではなく為替レートを通じて発生する。
金融抑圧も同じ効果をもたらしうる。銀行システムが主として経済の供給側向けに機能している国では、金利を抑えることは実質的に純貯蓄者(家計部門)の所得に対する課税であり、純債務者(生産部門)に対する信用助成だ。金融抑圧は前者から後者への所得移転を招き、関税や割安通貨と同様に、国内で消費と生産の不均衡を生じさせる。これは、純輸出の増加というかたちであらわれる。
税や規制に関する政策も同様に機能しうる。政府が、戦略産業に対して、製造業クラスターに合わせたインフラを構築するなど、直接的または間接的に助成することも考えられる。そうした措置は貿易介入に関する国際ルールには抵触しないかもしれないが、従来の保護主義によく似たかたちで国内経済における相対的なインセンティブを変える。消費よりも生産をより安価にまたは魅力的にすることにより、対外的な影響を伴う国内シフトという同じ結果をもたらす。
労働市場構造や社会制度でさえも、貿易介入のツールとして機能しうる。例えば中国では、地方からの出稼ぎ労働者の都市部における権利を制限する世帯登録制度である戸口(フーコウ)制度が、長きにわたって賃金を抑制し、家計消費を抑えてきた。戸口制度は主に都市化管理のために設計されたものだが、国内供給に対する国内需要の成長率を抑制することから、中国の貿易収支に直接的に影響する。
医療費を犠牲にして事業収益性を高めるような環境悪化を促す政策や、労働者の組織化を制限したり、最低賃金を抑制したり、労働者の交渉権を弱めたりする政策も、同様の効果をもたらしうる。そうした政策は賃金の伸びを抑え、生産性向上に対して消費を制限することから、関税と同様の不均衡を生み出すが、関税と比べてはるかに目立ちにくい。
この大局的視点は、なぜ一部の国は、比較的低い関税率を維持しつつも持続的な貿易黒字を計上しているのかを説明するのに役立つ。そうした国は長年、制度構造、貯蓄に対するインセンティブ、あるいは輸出志向型産業政策などを通じて、消費よりも生産を重視してきたのである。もたらされた結果は同じだ。国内産出高を吸収するには内需が弱すぎる場合には、それらの国は、貿易黒字を計上することで国内需要低迷のコストを外部に担ってもらわなければならない。
重要なのは、貿易不均衡とは、国際取引に限ったことではないと言う点だ。貿易不均衡は、国内経済の構造がどうなっているか、すなわち、所得がどう分配されるか、企業部門の生産高に対して家計部門がどれだけ買うか、政府が生産者と消費者の相反する要求をどう釣り合わせるか、などの結果なのである。
消費より投資を、あるいは労働より資本を優遇する政策を追求する場合、政府は、意図するか否かにかかわらず、暗黙的に貿易介入に関与することになる。そして黒字国が消費者よりも生産者を優先する国内政策を実施すると、その貿易相手である赤字国は、選択するか否かにかかわらず、実質的に生産者よりも消費者を優先することになる。
関税にばかり注目すると、誤解を招く恐れがある。貿易不均衡の根本的要因から注意がそれてしまい、逆効果な反応を招く。1944年にブレトンウッズでジョン・メイナード・ケインズが主張したように、経済を多様化させた国が持続的な貿易黒字を計上しているという事実は通常、貿易を歪めている介入があることを示す十分な証拠だ。そうした歪みが関税によって生じたものか否かはほとんど関係ない。それどころか、赤字国の関税が貿易不均衡を減少させる限りにおいては、その関税はより自由な貿易を促進する可能性がある。
関税を非難するよりむしろ、世界は貿易政策をより幅広くとらえる必要がある。関税を巡る表層的な議論から踏み込んで、各国が所得をどう分配しているかという内側に目を向ける必要があるのである。貿易不均衡が究極的には誰が何を得るかという国内の選択の結果であるならば、それを是正するには二国間取引や保護主義的な姿勢だけでは不十分だ。各国の経済構造の変革が求められる。持続可能な需要をけん引するような支出をしている部門へとパワーやリソースをシフトしていくことが求められるのである。
マイケル・ぺティスは、カーネギー国際平和基金のシニアアソシエイトで、北京大学講師。
記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。