University of Tokyo

02/18/2026 | Press release | Distributed by Public on 02/18/2026 04:19

化学の力で自動開閉する世界初の動くナノポア

【研究成果のポイント】
固体ナノポア※1電圧をかけるだけで自ら開閉する仕組みを世界で初めて実現
化学反応で孔の中に生成される物質がフタのように働き、開閉運動を繰り返す現象をナノスケールで観測
特定の分子サイズに応じて反応し、アミノ酸やDNA塩基の一分子検出にも応用可能な革新的技術として期待

概要

大阪大学産業科学研究所の筒井真楠准教授・川合知二招へい教授、東京大学大学院工学系研究科の大宮司啓文教授・徐偉倫准教授、イタリア技術研究所(IIT)のDenis Garoli研究員らによる国際共同研究チームは、電圧に応答してナノメートルサイズの孔が自律的に開閉する固体ナノポアの開発に成功し、その成果が学術誌『Nature Communications』にて2月18日(水)19時(日本時間)に公開されました。

図1. 化学反応を駆動力に自動開閉するナノポア。

従来の固体ナノポアは、一度穴を加工すると大きさが固定され、利用の過程でサイズを調整したり、動作させたりするという発想すら存在していませんでした。本研究では、ナノポア内部で沈殿※2が生成・溶解する基本的な化学反応に着目し、一定の電圧を加えるだけで孔が自律的に閉じたり開いたりする現象を見出しました。複雑な外部制御装置を必要とせず、ごく単純な電気操作とわずかなエネルギーによって、人工構造である固体ナノポアがまるで呼吸するかのように動作する点が特徴です。さらに、この開閉はオングストローム※3レベルという原子に迫る精度で生じ、分子1個が通過できる寸法の孔をその場で形成できることも示されました。
小さな孔に動きという概念が加わったことは、固体ナノポアの新たな可能性を拓く重要な一歩となりました。この特性により、DNAの塩基やアミノ酸といった極めて小さな分子を一つずつ識別する新しいセンサー技術が現実味を帯び、病気の兆候を早期に捉える診断デバイス、個々の遺伝情報に応じて効果や副作用を最適化する精密創薬、さらには分子レベルで環境汚染を検知する計測器の実現など、多様な分野での応用が期待されます。

【筒井准教授のコメント】
化学の原理を持ち込むことで固体構造が自ら呼吸するかのように開閉する現象は、動かないはずの孔に新しい機能を与えるものであり、ナノポア研究の常識を書き換える成果だと感じています。今後は、この仕組みを分子識別や医療応用へと発展させ、実社会で役立つ技術として確立していきたいと考えています。

研究の背景
私たちの体の中では、分子がとても細いすきまを通って移動する仕組みが、数えきれないほど働いています。ナノメートルという極めて小さな穴を使って分子の動きを読み取る「ナノポア技術」は、その仕組みを人工的に再現したものです。近年、この技術を利用してDNAの塩基配列を直接読み取る装置が実用化され、医療や生命科学の分野で大きな注目を集めています。しかし、現在広く使われているタンパク質由来のナノポアは壊れやすく環境に弱いため、扱いが難しく、大量生産にも適していません。そこで、ガラスやシリコンのような丈夫な材料に微細な穴を加工する固体ナノポアが次の選択肢として期待されてきました。
とはいえ、固体ナノポアにも問題があります。穴を開けたその瞬間に大きさが固定されてしまい、使用中にサイズを変えることができないこと、さらにナノサイズの穴を作るには特殊で高価な装置が必要で、一つずつ加工するため量産が難しいことが挙げられます。もし固体ナノポアが、状況に応じて穴の大きさをその場で変えられるようになれば、分子のサイズに合わせた"ちょうどよいゲート"として働き、分析の精度は大きく向上するはずですが、自ら動いて孔径を変える固体ナノポアは、これまで世界で実現されていませんでした。

研究の内容
研究チームは、髪の毛の1000分の1ほどの大きさに相当する直径約100ナノメートルの穴を持つ窒化シリコン膜を作製し、両側に水溶液を入れて電圧を加える実験を行いました。すると穴の内部で、マンガンを含む溶液とリン酸を含む溶液が混ざり、固まり(沈殿)が生じて穴をふさぐ様子が観察されました。この固まりは、まるでフタのように機能し、電圧の向きや強さによって、穴が閉じたり、逆に溶けて開いたりすることが分かりました。
さらに詳しく調べると、一定の電圧を保った状態では、閉じる → 溶ける → 開くという流れが自然に繰り返される現象が起こることが判明しました。まるで呼吸するように、穴が周期的に開閉を続けるという非常にユニークな動作です。固体で作られた構造が自ら動き、しかも電気だけで開閉する例はこれまでになく、分子の自動ドアとも呼べる仕組みの誕生となりました。
調整できる範囲は非常に細かく、1ナノメートルより小さいオングストロームと呼ばれる領域でも開閉が確認されました。これは、分子1個の通り道をコントロールできる精度に相当します。また、反応に関わる金属イオンの種類や液体成分を変えることで、開閉の速さや起こりやすい条件を変えられることも実証され、用途に応じた動作設計が行える可能性が示されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、固体材料で作られたナノポアが化学反応を駆動力として自律的に開閉するという、これまで存在しなかった新しい機能を初めて実現したものです。ナノポア内部で起こる沈殿・溶解反応を電圧のみで制御することにより、孔が状況に応じて閉じたり再び開いたりする「動く固体ナノポア」が誕生しました。この新しい機能は、分子を選別して読み取る精度を大きく高めます。従来の固体ナノポアでは孔径が固定されているため、サイズが合わない分子の識別には限界がありました。今回示されたようなオングストロームレベルの精密な開閉が可能になると、DNA 塩基やアミノ酸などの極めて小さな生命分子を一つずつ識別する高度なセンシングが現実的になり、早期診断や感染症検査など、生命科学・医療分野での応用が大きく広がります。
さらに、ナノポアが特定の環境条件でのみ開く性質は、必要な場所で薬剤を放出するスマートドラッグデリバリーの基盤技術としても応用可能です。温度や電圧、化学環境などの変化に反応して自動的に開閉するナノサイズのバルブとして機能させることで、体質ごとに薬の効果を最適化する個別化医療や、標的組織への選択的投与など、これまで困難であった医療アプローチが実現し得ます。

図2. 半導体技術で直径約100ナノメートルのナノポアを作製し、その両側を酸性の電解質液(例:塩化マンガン水溶液)と中性の生理食塩水で満たします(中央)。電解質液側をプラス、生理食塩水側をマイナスとする電圧を加えると、イオンがナノポア内部へ流れ込み、固体の析出物が形成されます。その結果、ナノポアは完全にふさがれた状態(I)になります。孔が閉じるとイオンの流れが止まり、析出反応も停止します。その代わりに、酸性側で析出物が溶け始める(II)プロセスが進行します。溶解が進むと、ある瞬間にごく小さな孔が再び生じます(III)。しかし同時に、印加した電圧によってイオンの流れが生じ、析出反応が再開することで、この微小孔は速やかに閉じ(IV)、再び最初の状態(I)へ戻ります。この4つのプロセス(閉じる→溶ける→開く→再び閉じる)は、一定の電圧下で自発的に繰り返され、そのたびに約1ナノメートルの孔が生まれては消えるという開閉サイクルが続きます。

本研究で示された仕組みは、電気と化学という基本的な原理のみで動作するため、大型装置や複雑な制御系が不要であり、半導体プロセスにそのまま組み込める点も大きな利点です。これにより、チップ上へ多数のナノポアを集積した大規模ナノセンサーの開発にもつながり、環境汚染物質の高感度検知、微量化学物質のリアルタイム分析、将来的には分子レベルの情報処理デバイスへの展開も期待されます。

特記事項
本研究成果は、2026年2月18日19時(日本時間)にSpringer Nature が刊行する学術誌『Nature Communications』のオンライン版で公開されました。


タイトル:Chemistry-driven autonomous nanopore membranes
著者名:Makusu Tsutsui, Wei-Lun Hsu, Denis Garoli, Ali Douaki, Yuki Komoto, Hirofumi Daiguji, Tomoji Kawai
DOI:10.1038/s41467-026-68800-x

用語説明
※1 ナノポア
ナノメートル(10億分の1メートル)サイズの小さな孔。分子を一つずつ通すセンサーやフィルターとして注目されている。

※2 沈殿
水溶液中に溶けていた物質が化学反応を起こし、溶けにくい固体を形成する現象。今回の研究では、マンガンイオンとリン酸イオンが反応してできるリン酸マンガンがナノポア内で孔を塞ぐ役割を果たしている。

※3 オングストローム
ナノメートルの10分の1の長さを表す単位。

参考URL
筒井准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/350a1072cefba177.html

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:10.1038/s41467-026-68800-x

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