09/22/2025 | Press release | Distributed by Public on 09/22/2025 09:27
テクノロジーは今、国際通貨金融制度を刷新しようとしている。その刷新の在り方は、公的部門がテクノロジーを形作っていくのか、あるいは民間部門が先に基準を定めるのかに左右される。また、規制、国際協調、そしてサイバーリスクへの新テクノロジーの強靭性も重要である。資本フローが受ける影響は評価し難いが、財政収支や、地経学的分断化、為替レートのボラティリティ、そして主要通貨の国際化に驚異的なインパクトを及ぼす可能性がある。
ステーブルコインは最も重要性の高いイノベーションのひとつである。ステーブルコインの採用を増やし、主要国際通貨として米ドルの役割を強化するよう設計された法的枠組みが米国で導入されたことを受けて、その普及が進んでいる。トークン化も重要な役割を担っている。トークン化とは、資産を移転することができるプログラム可能なプラットフォームに、従来の台帳に存在する資産、または(専らデジタル発行された)ネイティブ資産の債権を記録するプロセスである(Agur and others 2025)。
これらの新しいテクノロジーは、プログラム可能性などの新しい機能を解き放ち、実現可能な政策の選択肢を拡大しうる。さらに、多くの民間部門と公的部門が同じプラットフォームを利用すれば、国境や資産クラスを越える資本フローの方式を深いレベルで統一できるかもしれない。だが、新テクノロジーは歳入を脅かす恐れもある。また、民間の通貨発行者が通貨発行益(シニョリッジ)を競い合う19世紀の世界に逆戻りする懸念もあり、そうなれば国際金融システムが分断化し、不安定化するだろう。
民間部門が発行するステーブルコインは、在来型の金融システムと暗号資産のエコシステムの橋渡しをする。米国債といった流動資産を保有するなどの形で、法定通貨に対して安定的な価値を保証し、ブロックチェーン上で運用される。マネー・マーケット・ファンドや「ナローバンキング」(完全準備銀行としても知られる)と同じ特徴をいくつか有しているが、現時点では基本的に無利息である。ステーブルコインはほぼ全てが米ドルと連動している一方で、取り引きの殆どは米国の外で行われている。ステーブルコインは暗号資産のオンランプ・オフランプとして使用される傾向があり、この場合にはおそらく投機的な投資の媒体となっている。しかしステーブルコインはクロスボーダー決済の手段としても頻繁に利用されている。利便性を発揮するのは、国内金融システムが脆弱であるか使用コストが高い場合、あるいは、資本規制や国外の制裁で国際金融取り引きが制限されている場合である。
米ドルと連動しているステーブルコインを中心にステーブルコインが重要な国際決済ツールとなっている世界において、われわれは大規模な影響に対する準備を整えなければならない。マイナスの側面としては、ドル化とその副作用、国際金融安定性リスク、銀行システムの空洞化の可能性、通貨競争と不安定性、資金洗浄、税源侵食、通貨発行益の民間化、そして激しいロビー活動がある。プラスの側面としては、クロスボーダー決済が迅速かつ低コストで行える可能性があり、この点は本国送金にとって特に重要な意味をもつ。そしてガバナンスが貧弱な国の市民たちは、国内通貨よりも安定性と利便性に優れた決済手段と価値貯蔵手段にアクセスできるようになるだろう。決済データを保有する者や、制裁を課す際の米国の優位性にも影響が生じると考えられる。当然ながら、こうした可能性に関してさらに議論を重ねるべきである。
米ドルステーブルコインは、最も重要な国際通貨である米ドルからいくつかの特徴を継承している。優位な価値尺度に紐づけられているため、米ドルのエコシステムのネットワーク効果や信頼性に恩恵を受けることができ、世界中の重要な交換媒体となって取り引きや本国送金を容易にする潜在性を有している。コルレス銀行システムや、SWIFTなどのメッセージ送信システムに取って代わることで、クロスボーダー決済の迅速化とコスト削減を実現し、効率性を向上できるかもしれない。ただし、こうしたコスト削減の一部は、本人確認や資金洗浄防止に関するコンプライアンスの欠如の結果である可能性もある。すなわち、規制当局が後手に回るケースだ。ステーブルコインは制裁を潜り抜け、不正取り引きを行うための魅力的な手段でもあると言って構わないだろう。ビットコインやイーサはまさにこうした目的で利用されたが(Graf von Luckner, Reinhart, and Rogoff 2023; Graf von Luckner, Koepke, and Sgherri 2024)、ステーブルコインはさらに安定性に優れている。従って、裏付けのない暗号資産やステーブルコインは、違法行為や制裁対象の活動に関連する資金の移動を容易にしてしまい、数多くの国々で課税ベースを大幅に侵食する恐れがある。暗号資産の利用者は、一部の法域、オフショア、あるいはオンショアにおいても、従来型金融システムへのオフランプ(法定通貨に交換するための出口)を見つけるだろう。
米ドルステーブルコインが世界中で広く使用されるようになった場合、預金競争による銀行部門の空洞化が危惧される。銀行が自らステーブルコインを発行すれば、貸付が抑制され、バランスシートの資産側における米国債の保有額が増加する可能性がある(ただし、ステーブルコインを裏付ける主要資産が米国債であると仮定した場合)。これはナローバンキングに近い進展である。システミックリスクへの影響、そして一部機関のステーブルコインの裏付けに疑念が生じる可能性や、それに伴う取り付け騒ぎのリスクは精査すべきである。さらに、世界のドル化に伴う従来のコストも考慮しなければならない。世界のドル化は金融政策の波及経路を変化させ、マクロ経済の安定性を妨げる可能性がある。
欧州を含む世界の残りの地域において、決済目的で米ドルステーブルコインを採用することは、グローバルプレーヤーたちが通貨発行益を民間化することに等しい。脱税関連の資金の移動が容易になるうえに、財政収支への悪影響もありうる。資産面からステーブルコインの裏付けの影響を見ると、米ドルに連動したステーブルコインが国際的に広く採用された場合には、非米国債の需要が縮小し、米国債の需要が拡大する可能性がある。どれだけの規模の影響が生じるかは、ドルに裏付けられた暗号資産と、現地通貨や米ドルのマネー・マーケット・ファンドおよび預金との代替パターンに左右されるだろう。2025年7月に公表されたIMFの「対外セクター報告書(ESR)」の第2章によると、テザーとUSDCは合計ですでにサウジアラビア以上の米国債を保有している。従って、米ドルステーブルコインは、米国債の需要や、米国の安全な対外債務の残高を増加させることで、米国の「世界の銀行」としてのバランスシートを強化し、米国の財政や対外赤字を安定化することを促すかもしれない。こうしたステーブルコインは、米ドルの法外な特権を強化するデジタルな柱となる可能性がある。
米ドルステーブルコインのフローが拡大して通貨発行益が民間化することのもうひとつの影響は、著しい富の蓄積であり、ネットワーク効果の強さに鑑みると、少数の企業と個人に富が集中する見込みが高い。政治経済的な視点から見ると、これは国際資本フローの規制撤廃や不透明化を求めるロビー活動の活発化につながるだろう。こうした結末は、国際通貨制度がもつ公共財としての特性に反することになる。残念ながら、国際機関と各国当局による暗号資産の資本フローに対するデータ収集の取り組みはまだ黎明期にある。これらの課題を説明うえでIMFは最近の研究で、2点の記事と論文に貢献した(Reuter 2025; Cardozo and others 2024)。暗号通貨の出現は、中核的なマクロ経済政策や、国内・国際公共財の財源とアクセスを脅かしうるため、暗号通貨のフロー、利用状況、グローバルな規制を対象とした計測は政策の優先事項とすべきである。
トークン化はメッセージ送信、照合、資産移転を単一の台帳に統合でき、中央銀行デジタル通貨(CBDC)もここで重要な役割を担う。国際決済銀行によれば、クロスボーダー決済は各国のCBDCを関連付けることで効率化できる。世界の資金フローは、こうしたトークン化のほか、従来の銀行業や精算システムを用いずに資金や、資産、情報の安全かつ自動的な移動を可能にするブロックチェーンによって再形成されるかもしれない。
外国資産へのアクセスはこれまで、資本規制、規制、非効率的なクロスボーダー決済などの障壁によって制限されてきた。株式、債券、コモディティといったグローバル資産の相互運用性と新しい取り引きプラットフォームは、場所を問わずに個人投資家のアクセスを拡大する可能性がある。分散型金融(decentralized finance=DeFi)プラットフォームは、銀行や証券会社などの仲介機関を省くピア・ツー・ピア取り引きを通じて、こうした恩恵を増幅できるかもしれない。トークン化は、金融統合を拡大することで恩恵と既知の課題の両方をもたらしうる。
こうしたシステムは、通貨間における代替可能性の向上、すなわち競争激化を招き、通貨ネットワーク上でポートフォリオの大規模な転換を引き起こすかもしれない。この国際的な舞台が拡大する中で、規模に関する収穫逓増が成立し、単一の価値尺度を求める力も強まるだろう。この点で、現在の米ドルは優位に立っている。だが、決済データの戦略的な価値と各法域の決済制度における主権の主張は、分断化を煽る恐れがあり、一部通貨の使用制限にさえつながりうる。プログラム可能な資本管理や、ウォレットへのきめ細かい制限が出現する可能性があり、さらに多極的な国際通貨制度が続いて現れるかもしれない。複数の民間発行者が市場シェアを獲得し、トークン化プラットフォームが急増した場合、複数の接続されたネットワークの共存が通貨金融制度を一層分断化しかねない。こうした世界は本質的に脆弱である。歴史が示す通り、私的貨幣は、信頼性の欠如に関連する典型的な理由によって不安定である。規制が整備されず、課税権と契約の執行権をもつ主権国に支えられていない場合、私的貨幣はしばし取り付け騒ぎにつながる。ソブリン通貨そのものも、特に財政制度などの制度面の信頼性が揺らげば不安定になりうる。過度な分断化や金融の脆弱性を予防するには、国際的な政策協調と規制が不可欠である。
信頼性の喪失が、データの完全性の喪失によって生じた場合、この新しい世界は、一層大きな不安定性を抱えるリスクを孕んでいる。米国商務省のアメリカ国立標準技術研究所は2016年に、従来型コンピューターでは処理が困難な問題を量子コンピューターが間もなく解決すると警告している。房(2023)が強調しているように、現在使用されている公開鍵暗号基盤の大半は量子コンピューターによって暗号を解読されるだろう。これは見落とされがちな問題である。量子コンピューターと従来型コンピューターのどちらに関しても安全かつ、既存の通信プロトコルやネットワークと相互運用可能な「ポスト量子暗号」の開発が進んでいるが、コンピューターの性能争いを見る限りその結果は不透明である。ハッキングと完全性喪失に強く晒される通貨ネットワークは、大規模な信頼性危機と資本流出に見舞われ、金融危機を誘発するかもしれない。そうした世界においては、ハッカーによる「攻撃対象領域が最小」な通貨ネットワークが特別な恩恵を享受し、資金調達コストが低下するはずである。これは「完全性の特権」と呼ぶことができよう。
まとめると、テクノロジーが国際通貨金融制度に与える影響は大規模に及ぶが、不透明なイノベーションや、規制政策、ロビー団体によって形作られることから予測が困難である。為替レートのボラティリティの高まり、数多くの国々の財政に対する脅威、そして通貨ネットワーク間の競争など、重大な金融安定性リスクが考えられる。その結果として大規模な富の移転が生じるかもしれず、規制の政治経済学は新たな様相を呈するようになるだろう。従って、国際的な政策協調が不可欠である。最後に、新しいテクノロジーは国際通貨の優位性を再編し、完全性の特権の出現につながる可能性がある。
エレーヌ・レイはロンドンビジネススクール経済学ラージ・バグリ卿記念教授、経済政策研究センター副所長、欧州経済学会会長。
記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。