09/22/2025 | Press release | Distributed by Public on 09/22/2025 09:27
デジタルイノベーションは、多くの場合、革新的なアイディアが発端となっている。それは、情報を保存および処理する新しい方法かもしれないし、新しいビジネスモデル、または新しいサービスであるかもしれない。しかし、アイディアはほんの始まりに過ぎない。イノベーションのメリットを実現するには、多大な努力と十分な投資、そしてユーザーがそれを採用することが必要である。
ここ10年間、金融部門では破壊的イノベーションが非常に重要であった。新しい金融テクノロジー(フィンテック)企業が出現するほか、大規模なデジタルプラットフォーム(大手ハイテク企業)が決済サービスと信用を提供し、暗号資産とステーブルコインの価値が高まり、多くの機関が人工知能を採用している。いずれも、銀行や保険会社、資産運用会社といった従来の金融仲介機関、およびそれらが提供するサービスを脅かす(Ben Naceur and others 2023)。
デジタルイノベーションは、従来の金融システムにおけるサービスを補完することも代替することもありうる。多くのサービスは、短期的には既存の仲介機関やサービスに対して際立つ代替手段を提供しているようである。しかし中期的には、既存のサービスを補完することが多く、競争が促され金融システムの多様化につながる。それでも、イノベーションは必ずしも自然と最良の結果につながるとは限らない。物事がうまくいかないこともあり、それは頻繁に起こる。デジタルイノベーションの利点を活かすには、多くの場合、先見的な公共政策が必要である。
決済は金融サービスの入り口である。個人にとって、決済用口座は多くの場合、信用へのアクセスや、保険の購入、貯蓄・投資を始める際の前提条件である。フィンテックや大手ハイテク企業のように金融システムに新規参入する業者の場合、決済のビジネスから始めて、その後他の金融分野に拡大するのが一般的である。
この10年で決済のあり方は劇的に変化し、新興市場国を中心に多くの国で、いわゆる即時決済システムが普及した(図1参照)。これにより、エンドユーザー間のリアルタイム(またはほぼリアルタイム)の支払いができるようになった(Frost and others 2024)。フィンテック企業、大手ハイテク企業、既存の銀行が、無休体制の迅速な決済を提供している。こうした決済はスマートフォンアプリとクイックレスポンス(QR)コードを使用し、ローテク機器にも対応する。概して、市場破壊者が既存企業と直接競合するサービスを提供できるようになった。
最もよく知られている成功事例は、中央銀行が運用または監督するシステムなどの公共インフラである。例えばブラジルでは、中央銀行が 2020年11月に即時決済システム「ピックス(Pix)」を導入した。現在、ブラジルの成人の90%以上が、食事や旅行などの日々の支払いや、公共料金などの定期的な支払いにピックスを利用している。インドでは、 インド国立決済公社が運営し、中央銀行が規制する統合決済インターフェース(UPI)が、既存の銀行やフィンテック、大手ハイテク企業によるサービスをひとつのプラットフォームで推進している(F&D本号の 「India'sFrictionless Payments」を参照)。同様の成功事例としては、タイの「プロンプトペイ(PromptPay)」(個人経営だが中央銀行が重要な役割を担う )や、コスタリカの「シンペモビル(SINPE Móvil)」(中央銀行が運営)も挙げられる。
こうして成功した公共インフラは、他の金融機関の利用者が使えない民間部門の即時決済システムが複数存在する多くの国の状況とは対照的である。たとえば、米国では、「ベンモ(Venmo)」のみを使用している人は、「ゼル(Zelle)」のみを使用している人に支払うことができない。同様の 「ウォールドガーデン(壁に囲まれた庭)」は、「アリペイ(Alipay)」と「ウィーチャットペイ(WeChat Pay)」のウォレットが競合する中国や、「ヤペ(Yape)」や「プリン(Plin)」といったウォレットがユーザーをめぐって競合するペルーでも見られる(Aurazo and Gasmi 2024)。中国やペルーでは、決済システムの相互運用性を高めるために政策介入が必要だった。
多くの場合、フィンテックと大手ハイテク企業の挑戦者が代替手段として始めたものは、同じ市場で運営されている既存のサービスを補完するようになることもある。ユーザーはより安価で迅速な支払いサービスが利用でき、これは金融の強靭性と経済成長の加速を支えることにもなりうる。市場破壊者(および公共政策)は、システムの改善、新規ユーザーの開拓、同じ市場での新しいサービスの提供、既存企業へのサービス強化を促す。
「支払い」というテーマを広げると、借り入れの必要性が出てくる。企業は生産的な投資を行うために信用を必要とし、人々は家や車の購入、もしくは教育費の支払いのために信用を必要とする。
フィンテック革命の初期の段階では、新しい融資プラットフォームが最終的に銀行の多くの機能に取って代わる可能性があるように見えた。ソーシャルレンディングやその他の新しい信用プラットフォームは急速に成長し、多くの場合、クレジットスコアに代わるデータを使用し、合理化されたデジタルプロセスで借り手と貸し手を結び付けた。これはすぐに、米国のアマゾンや中国のアリババによるマーチャント・キャッシュ・アドバンス(MCA)など、大手ハイテク企業による新しい融資によって存在感が薄くなった。大手ハイテク企業の信用供与額が急増したのである(Cornelli and others 2023)。
こうした新しいプラットフォームは信用市場の格差を縮小し、金融包摂を推進した。例えばアルゼンチンでは、 メルカド・パゴ(Mercado Pago)が、銀行に相手にされなかった小規模業者への支援に乗り出した。中国では、大手ハイテク企業の与信は銀行与信に比べて住宅価格に左右されないことから、担保の重要性が低下している可能性がある。米国では、中小企業向けフィンテック融資業者が、失業率や倒産率が高く、銀行が融資する可能性が低い分野を対象にしている。全体として、 フィンテックと大手ハイテク企業の影響は国によって大きく異なる。
しかし、銀行はまだ健在であり、現在、新しい仲介機関と競い合っている。銀行はプラットフォームに似せるようにビジネスモデルを変え、代替データを使用するようになった。逆に、英国のレボリュート(Revolut)やブラジルのヌーバンク(Nubank)など、多くのチャレンジャーが銀行のライセンスを取得し、銀行になる事例もある。
ビッグテックが既存の金融機関に勝負を挑む一方で、暗号資産や分散型金融(DeFi)は、金融機関に対する信頼ではなくコードへの信頼に基づいて、金融を再考することをうたっている。暗号資産の長年にわたるボラティリティにもかかわらず、主に投機的な投資目的で、世界的に暗号資産の採用が再び増加している。一部の国でのこれらの資産に対する政治的支援があることも追い風となっている。
暗号資産は分散化を促進することを目的としていたが、実際にはそうならなかった。暗号資産の取引所や、従来の銀行、投資ファンドなどが市場に参入しているということは、市場が仲介されたままであり、多くの場合集中化されていることを意味する。さらに重要なことは、裏付けのない暗号資産は多くの場合、非常に不安定である可能性があるため、利便性が限られている。
暗号資産は表面上、法定通貨を挑戦したが、ステーブルコインは、法定通貨に連動するもので、暗号資産の代替手段として登場した。最大のステーブルコインは、流通するステーブルコインを裏付ける米国財務省証券や銀行預金などの資産を保有する中央集権的な事業体によって発行される。しかし、これらの新しい仲介機関が存在し、ステーブルコインの存在感が増しているにもかかわらず、暗号資産部門は依然として、蔓延する詐欺、マネーロンダリング、テロ資金供与などのリスクに満ちている。さらに、ステーブルコインは 通貨システムに必要な弾力性を提供するには不十分である。ステーブルコインの価値の98%以上が米ドルに連動しているため、多くの国が通貨を巡る主権を損なう可能性もある。
それでも、暗号資産とステーブルコインには、より幅広く適用できる可能性のある機能が窺える。例えば、プログラム可能性とトークン化によって、中央銀行を中核とし、商業銀行が顧客とやり取りすることを基盤とする既存の通貨システム内で、既存の機能を改善し、新たな機能を加えることができるだろう。クロスボーダー決済では、トークン化によってコルレス銀行システムを作り変え、メッセージの送信、照合、資産の移転を一括で行えるようになるかもしれない。また、同時(「アトミック」)決済や強化された担保管理などの新しい機能により、資本市場の機能が劇的に改善される可能性がある。これらの機能は、将来の 「トークン化された金融システム」の基礎を築きうる。
こうした抜本的なイノベーションは、この10年間で金融システムを大きく変えた。既存のサービスを代替する恐れのある明白な新参者は、多くの場合、それらのサービスを補完する新しいものに進化し、しばしば競争を促す。そして概して、これは消費者価格の低下とサービスの効率化に役立っている。しかし、イノベーションはそれだけで最良の結果につながるとは限らない。
最も大きく、最も影響力のあるブレイクスルーは、将来を見据えた公共政策により実現した。迅速な決済の導入と決済口座へのアクセスにおける大幅な進歩は、公共部門のインフラと民間のイノベーションの相互作用のおかげである。公的機関による積極的な措置は、初期段階において既存企業が消極的であっても、決済サービスと金融包摂の改善に役立った。これはインドのUPIとブラジルのピックスで最も顕著に示されている。これにより、世界中の何億人もの人々が金融システムに参入するようになった。
その一方で、イノベーションによって、金融安定性を損ないかねない重要なリスクが顕在化している。例えば、暗号資産部門からのショックが従来の金融システムに波及し、米国債市場にさえリスクをもたらしうる(Ahmed and Aldasoro 2025)。
イノベーションの可能性を活かし、リスクを軽減するためには、革新的な新しいアイディアが必要だが、それだけでは十分でない。また、公共インフラや健全な規制のほか、新たな洞察を得て民間投資や公共政策の参考情報とするための官民部門での実践的な実験なども必要である。最後に、官民が連携して、デジタル技術が人々や企業へ真に恩恵をもたらす用途を編み出し、繁栄のための強固な基盤を築く必要がある。この種の連携の最近の例として、 中央銀行と商業銀行が一体となって統合台帳を模索し、トークン化をクロスボーダー決済に活かす「プロジェクト・アゴラ」が挙げられる。
記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。